こころにひっかかったこと

プロとして

最近、身のまわりの言葉でこの「プロ」がつくものが非常に多い。

「プログラム」「プロポーザル」「プロフェッショナル」「プロジェクト」「プロデュース」
「プロフィール」「プロダクト」「プログレス」「プロフェッサー」「プロミス」「プロモーション」

など。
挙げだすときりがない。
「プロ」っていったいなんなんだろう?
ふと思い、ちょっと調べてみたくなった。

Continue reading "プロとして"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

スイッチが入る

電化製品など動かす時には、スイッチをONにしたり、OFFにしたりする。
実は、人間にもスイッチのONとOFFがある。

Continue reading "スイッチが入る"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

グローバル化は古いかも。

昨年より旅行業がおもしろい時代になってきたかも・・・と最近思うようになった。

この前1月6日で、
旅行会社のための改正になるかも・・・
ということを書いたのであるが、単にそれだけではない大きな動きが起こりつつあるようだ。

Continue reading "グローバル化は古いかも。"

| | Comments (0) | TrackBack (1)

昨日という日

日本にいた時、その日になると必ず思い出す日がいくつかありました。
「広島・長崎原爆記念日」「終戦記念日」。
そして「日本が太平洋戦争を始めた日」。
日本が近代に入り、今まで持っていた日本のあり方・価値観を「開国」と言う時間軸の次に大きく変えた時代の出来事が起きた日のことを。
カナダに来て、はや11ヶ月と数日。
別に自分自身が「日本人」であるということを忘れたわけではないのだが、今日になるまで、昨日がどういう日であったかということを忘れていました。
このことは、特に対したことではないのかもしれない。
ただ、僕にとってはなんとなく居心地が悪いと言うか、なんともいいようのないひっかりがこころの隅っこのほうに生まれました。

自分自身がこの1年の間に少し身に付いた「多様な人種・多様な価値観の中で暮らすことが出来る世界人」として感性、それと同時に否が応でも感じさせられた「自分が日本人」であること。
もう一度、自分自身の持つアイデンティティを見つめ直してみようと思いました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

不思議な巡り合わせ

オオカミと出会ったことがあります。
Dowson CityからInvikへと続く約750kmの舗装されていない「Dempster highway」で。
日付は8月24日。
カナダに来て、アラスカを旅し、多くの動物たちに出会いましたが、オオカミとの出会いは少し特別です。

「なぜ特別なのか?」

その理由は・・・
特にありません。
でも、今でも目を閉じると、あの時の風景が目に浮かびます。

その日、僕は昨日の出来事がずっと頭に残っていました。
Invikで出会ったfirst nationsに「うちにおいで」と誘われていたのですが、果てしなく続く舗装から早く逃れたいという気持ちや、借りている車に対しての配慮、日程的なことなどから、結局その誘いをに乗ることもなくDowson Cityへと引き返していたからです。

「どうして、ちょっと足を止めるその余裕がなかったんだろう」
「自分自身もっとその地域に入っていきたい、知りたいと思っていたのじゃないのか?」

そんなことが頭をぐるぐると回っていました。
そんな時に、オオカミと出会ったんです
彼は逃げることもなく、ただただ、僕と同じ方向に向かって道路の上を駆け足で進んでいました。
彼との並走はその後約2kmにも及びました。
この並走している間の彼と共有した時間は何とも表現出来ない体験でした。

しかし、一台のが現れたことで彼との並走にピリオドを打つくことになりました。
違う車がくるのを確認すると彼は、すばやく身を森の中に隠し、仲間たちに危険を知らすかのように遠吠えを2回程したのちに、どこかえと消えてしまいました。

現れた車が僕の横に止まり、

「オオカミを見たか?」

と聞かれたので答えようとした瞬間、その聞いた彼を僕自身が知っていることに気がつきました。
それは、相手も同様だったようです。
僕たちは、以前Prince Rupertで出会っていたのです。
その次の日に、僕たちは今年の初雪をTombstone Territorial Parkで見ながら、山を歩くことになります。

出会いとは不思議なもんです。
タイミングやその時の判断の妙が生み出すわけですから。

DSCN2793
Aug 24 . 05 / Dempster highway (Yukon)

DSCN2784
Aug 24 . 05 / Dempster highway (Northwest Territories ) tundra area

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Calgaryの街角から

久しぶりのCalgary生活は、Canmoreや山の中での生活とは全く違う刺激があり非常に充実したものでした。
その中で特に感じたことは、

「僕が今いる環境は、やや偏っているものだったんだなぁ。」

ということです。
「山が好きな人たちが集まって、自然の中で感性をフルに使って暮らしている環境」というのは当然のことなんですがそれ以上に、

「人種や様々なことのレベルがそれなりに同じようなタイプの人たちの集団であったんだなぁ」

ということを。
例えば、
僕が普段で会う人の種類の狭さ(Semestersという環境は、ほとんどが英語を母国語にする人たちか、一定以上の今日教育を受けてきた人で、先進国と呼ばれるところに住んでいる人たちのみで構成された集団)

旅をしている時や、Calgaryに住んでいる時は、いろんな層や質の人たちと出会う機会が非常に多くあり、その環境が当たり前だと思っていた過ごしていました。
が、今はそうではありません。
でも、その環境が良くないのかと言えば、そうではなく、自分の技術や技能習得に対しては集中出来る環境に身を置くことが出来るわけですから。(日本の受験制度によって学生の質を均一化するのと同じですよね。)
けれども、今の環境の中には、実生活の中とは違う何があるように思われます。
その何かによって、ふといろんな人たちが混在する場所に立ち寄った時に、自分自身の感覚が微妙にずれていて、それを修正しなければと感じる感覚があるのです。

「人の適応力はすごいもの」だと僕は思っています。
ひとたびその状況になると、なんとかそれに合わすことが出来る力。
でもそれが、時にはちょっとしたずれを生み、その人の思考に影響を与える。
それのよしあしは抜きにして、このことを感じることが出来た。
そのことが今ここにいる自分にとって有意義なように思われるのです。

Calgaryでの刺激がいろんな意味で僕にとってよかったと思います。

Canmoreに戻ってきて(2pm頃)すぐに今雪が降りはじめました。
もう積雪は現在5cm強。
まだ津々と降っています。
11月が今日から始まりました。

DSCN3243
Oct 31. 05 / Calgary (Downtown)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Alaskaで一番愛されたひと

Alaskaの元州知事Jay Hammond氏のことです。
Jay Hammond氏は、第二次世界大戦時に、海兵隊員の戦闘機乗りとして活躍し、Alaskaに来ました。 Alaskaでは、始め水陸両用機を買い、ブッシュ(僻地飛行)パイロットと罠猟師として働きました。その後、the US Fish and Wildlife Serviceへと職を変えています。
この転職が、元来備えていた彼の「開発」と「環境保護」というテーマに対する鋭い眼力を目覚めさせたと思われます。
1959年に州議会に選出され政治への道を歩み始めます。その後、Bristol Bayの市長、州議会議員を経て 1974年(〜1982年)に、州知事に選出されました。
彼が在職した間は、Prudhoe湾での石油の発見、壮大なパイプラインの建設、それに対して「環境保護」が激しくぶつかりあった時代です。
この激しく揺れ動いた時代を、彼のもつ優れた指導力でAlaskaを新しい未来へと導いていきました。
1982年任期が終わると同時に「自分の役割は終った」と感じたのか、潔く政界から身をひきました。さらに、都会からも離れ、自分が入植してきた当時に住んだLake Clarkへ移り住み自然の中へと帰っていきました。

その彼は、今年の8月2日に83歳でこの世を去りました。
ちょうど僕がAlaskaへと向かった日でもあります。

Jay Hammondがどれだけ人に愛させれたかという一つのエピソードを紹介します。
Alaskaを旅している時に、あちらこちらで合衆国旗や州旗がハーフマスト(マストの半分までしかあがっていない状態)になっていました。
はじめはどうしてかわりませんでしたが、あるときこのことを尋ねてみると、

「あれは、Jay Hamondのためさ。今の州知事が死んでも誰もこんなことしないだろうけどね。それも、こんなに長い間(死後2週間くらい経っていた時点で)。俺たち(アラスカに住む人たち)は、本当に彼のことが好きだったのさ。」

彼が政界を離れ、時代の表舞台から姿を消してから約20年。
それでも人々の心の中にある。
人に愛されるってことってすごいことだなぁ。

完全に入れ違いにはなりましたが、Alaskaという土地に、ほのかに残る彼の暖かさを感じられた出来事でした。

DSCN2549
Aug 11 . 2005 / on the Ferry (from Sitka to Juneau)

※いろいろと書きたいことがあるんですが書けなかったことがある。
ときどき書ける時にこれから書いていこうと思っています。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

旅は生き物やなぁ

みなさんご無沙汰しています。
Petersburg以来ですので、8日ぶりの更新となります。
さて、僕は、今Juneauのホステルにいます。(ここでは、無線LANが接続出来たために、自分のPCからの更新しています。)
Juneauには、今朝早朝着のフェリーでSitkaからやってきました。もともと15日までSitkaに滞在予定でしたが、いろいろと考えた結果、昨日Sitkaを発つことにしました。
で、本当なら、「Sitkaについて」あれこれ書きたいところなんですが、今日は「あれこれ」よりも、もっとインパクトの強い出来事があったのでそのことを書こうと思います。(「Sitkaについて」は、後日触れます。一言だけ触れると、サケ、トウヒの森、小さいけど雰囲気のある港町、クマの世界などに触れることの出来た1週間でした。)

さて、本題。
タイトルにも書きましたが「旅は生き物やなぁ」と昨日の夜本当に感じさせられる出来事がありました。
それは・・・

「今まで考えてたAlaskaの予定が全部白紙になりました!!?」

「え〜」

と言う声が聞こえてきそうです。
さて、なぜ変わったかなんですが、実は・・・・

後ろ向きな話ではなく、前向きに変更した結果なんです。
と、いうのも昨日の夜、フェリーがAngoonという港に途中寄港した時に見かけた、ある初老の男性クルーの方の一言、

「・・・日本人は、お前らと違って手が短いから・・・」

がきっかけでした。
その一言を聞いた瞬間、なんとなく、

「この人と話をしてみたい!!」

と思いそこから、僕の旅が大きく変わることになりました。
まだ、この旅の行方がどうなるか定かではありませんが、明日からしばらくこの方と行動を共にすることになりそうです。
今僕がわかっていることは、明日の朝に電話しないといけないこと。
そして、日曜日に「Skagway」行きのファリーに乗り「Yukon」へ行くことです。

6月に、北へ向けての旅をはじめようと決めて以来、少しの「決断」、「好奇心」によって行った「行動」が、不思議と「いい人の縁」と結びつき、それによって僕の行き先をどんどんと変えていきます。
これは、不思議な「偶然」なのか、それとも、元々定められた「必然」なのかわかりません。
が、しかし、そんな出来事の繰り返しに遭遇するたびに、

「旅は生き物やなぁ」

と思うんです。
この旅の行方は、どんどん僕の手を離れ、これからさらにどうなるかわかりません。
ただ確実に、

「自分の想像を越えたものが、創造されようとしている」

ということは間違いないと確信しています。

DSCN2546
Aug 11.2005 / Alaska Marine Highway

今まさに日が沈もうとしているところです。
写真では撮ることが出来ませんでしたが、この日、ほぼ同時に月も沈みました。
今まで、「太陽と月は同じところに沈む」と勝手に思い込んでいましたが、どうやら違い所に沈むようです。普通に考えたら当たり前なんですが・・・・。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

ふと気づいたこと

テレビのニュースでは、今日も「テロ」に関することを放送しています。
このニュースをたまたま来ていた英国人に知らせると「友だちがロンドンにいるから確認せな!」と言ってました。

そんなやりとりをしつつ、テレビを見ながら2つのことに気がつきました。

1つ目
僕がいるBackpackersでは多くの国の人を見かけます。
英国、アメリカ、カナダ(もちろんか!)、フランス、オーストラリア、オランダ、スイス、イタリア、ニュージーランドなど、ふと、その顔ぶれを見た時にいわゆる「先進国」の人たちしかいないと言うことに気がつきました。
そう思って、今までの旅を思い返しても、旅をしている人たちの多くは「先進国」の人たちばかりです。いわゆる「発展途上国」の人たちにも会いましたが、その多くは、「移民」でカナダやアメリカに来ている人たちでした。
「テロ」の一つの原因は貧富の格差から、ということを前に聞いたことがあるなぁと思いました。

2つ目
こちらのニュースのほとんどがアメリカ系のメディアなんです。
彼らがこの「テロ」での死傷者を表すのは「Killed」「Wounded」を使っています。
それが、カナダの放送局では「Dead」「Injuried」を使ってました。
たまたま見た時がそうだったのかもしれませんが。
これの違いってなんなんでしょうね。

「で、それが?」
と聞かれると困るんですが、ふと昨日から今日にかけて気になったことでした。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

なんでこんなことが

朝からニュース番組は「ロンドンの地下鉄とバスで起きた多発テロ」一色です。
G8が開催されている上に、2012年オリンピック誘致決定と世界的に注目されているロンドンで起きたというのが何ともまた意図的なものを感じて、何とも言えない不快感を感じます。

それにしても、なぜ、「人」が「人」を殺すのでしょうか?

生物の中で、生きること(食事のため・生命を守るため)以外に「殺す」ということをするのは「人間」だけだと言われています。そして、ときには「殺す」ということを娯楽(猟りや映画など)にしているのも「人間」だけだそうです。

この背景には、「ひとが『生きること』以外に時間をもったこと」が関係しているんじゃないかと思っています。
いわゆる「ひま」というものをもったこと。この「ひま」をもった瞬間から「この暇をどう埋めて行くのか」ということを思い「感情」や「思考」が生まれました。
そしてそれによって「進歩」し「発展」してきました。と同時に多くの「負の要素」も生み出しました。これは磁石と同じで「+」があれば「−」。両方あってバランスがとれる。その結果が今の世の中を構成しているのではないだろうと。
この結果が生み出したものについては、僕自身いいとも悪いとも何とも言えません。
だって、その中で自分が存在して、毎日「生きている」わけですか。

でもいつも、このような事件と出会うたびに、人の命を奪ってまで「すべき大切なものがあるんかなぁ」と思ってしまいます。
ただそれは、常に「安全地帯」にいる(そう思い込んでいる)僕のきれいごとような気がしてなりません。一歩「安全地帯」の外に出たらもっと荒涼とした風景が広がっているように思うからです。
物事の真理に近づくこととは非常に難しいですよね。

「事実は存在しない、ただ解釈だけが存在する・・・」

何とも切なく悲しい朝を迎えながら、学生の頃に出会った第三舞台の「TRANS」の台詞がふと頭をよぎりました。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

ひょっこりひょうたん島

久しぶりに日本の新聞を読んだ。といってもネット上での話ですが。
普段は、Yahooのヘッドラインを眺めるくらいでちゃんと日本のニュースを見ることはなくなりました。日本にいた時は、必要以上の情報で脳を洗っていたのに、今の生活はだいぶ違う生活だなぁと思いつつ、まあそれでもいいかぁと思っています。

さて、ネット新聞を読む中でおもしろい記事を発見しました。
朝日新聞 天声人語(2005.4.15)です。

記事の内容は、井上ひさしさんの「吉里吉里人」を引用し、最近あった(らしい)国籍を巡る裁判にをからめて、日本の国籍制度について触れられたものであった。日本の国籍法で子どもの場合は、主に「父または母が日本国民」である場合取得出来る。これがカナダだと、「父または母が」もそうなんですが、「カナダで生まれた者はすべてカナダ国籍を有することが出来る」つまり、妊婦が旅行中にカナダで、子どもを産んだ場合、その子どもにカナダ国籍が与えられるということにそうです。
 普段何気なく暮らしていますが、その暮らしの中で知らず知らずのうちにいろんなカテゴリーに自分たちを振り分け自分自身の存在を確認しようとしています。その一つが、国籍だと思います。
ただ何気ない日常からひとたび外に出た瞬間、自分自身が身を置いていた場所が、座標軸の点のように浮かび上がってくる気がします。そして、その瞬間から自分自身がいったい何者なのかということと向き合っていくように思います。これはたぶん、いろいろなものの縛り解く作業と同時に、自分自身のアイデンティティに気づく作業なんだと思います。
 この記事の中に出てくる「吉里吉里人」は、実は「ひょっこりひょうたん島」の元ネタであると、以前別の本(確か「日本再考」赤坂憲雄編だったと思います。この本は面白かったです。)の中で読んだことがあります。あの島にすむ人たちって本当はよく何者かわからないんだけど、だからって問題なですよね。でも、彼らはひとり一人自分の信念というかよりどころをもっていて個々で存在している感がある。かと思えば、自分たちがあの島の住人ということでの共同意識があるですよね。そこがあの話に、人を引きつけていた魅力なのかもしれません。
などと考えているとふと、「モザイク」と言われるカナダと「ひょっこりひょうたん島」が不思議と似たもの同士なんじゃないの!?などと思ってしまいました。
 新聞を違う環境でたまに読むのおもしろなぁと思う記事との出会いでした。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

傾聴について

学生の頃から「ひとと関わる」活動を約10年やってきました。
その間、いろいろな場面で「傾聴」という言葉を聞いてきました。
また、他の人に対して「重要やで」と言っていました。
この「傾聴」という言葉は、「ひとと関わる」活動の中では、非常に重要とされていて、相手のメッセージをしっかり受け止める作業のことです。

最近ふと、「日本にいた時、本当に自分自身が「傾聴」出来ていたのかなぁ」と考えてしまいました。ただ、頭と口先だけでわかっているつもりになっていたのではないのかと。

こちらに来て、自分が言葉でのメッセージを十分伝えることができないことや、相手のメッセージを十分に受け止めることができない場面を多く体験しています。
また、自分で自分の思いをしっかりと考えながら言葉を選びセンテンスを作り相手に届けようとする努力や、相手が一体何を伝えようとしているのかを言葉は十分理解できない分、それ以外の部分から出来るだけ多く理解しようとしています。
その反対に、疲れてなにも聞きたくない、考えたくない時には、頭のスイッチを切ってすべてが、BGMになるという体験もしました。

日本にいたときは、日本語という言語を当たり前のように何も考えずに使っていました。
そして、多くの場面で言葉の持つ本当の意味をしっかりと考えずに感覚的に受け止めていたような気がします。
結果として「相手に対して、本当の意味できっちりと向き合えていなかったのかもしれない」と思います。

こちらに来て約2ヶ月。
聞くことの大変さ、話すことの難しさを初めて思い知らされています。

| | Comments (0) | TrackBack (0)